証券会社で怒鳴られるのが嫌いだった私が部下を怒鳴った理由
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証券会社には「詰める」という文化があります。
数字が進まない時に、上司から部下へできない理由や、これからどうするか、どれだけできていないか、周りにどれだけ迷惑をかけているのか等をガンガン責められるのが「詰める」という行為です。
時にそれは支店長の席で行われることもあり、支店長室に呼び出されることもあります。
怒鳴るか、なじるかは上司に寄りますが、証券マンで数字ができていなければ、どこの証券会社も同じように「詰められる」ことになります。
私は、これが嫌いでした。
自分が出来ていない時も辛かったですし、人が詰められているのを見るのも辛かったからです。
今回は怒鳴られるのが嫌いだった私が部下を怒鳴った理由についてお話します。
怒鳴られたくない
詰められるのは本当に辛いことです。
できていないことは自分で自覚しているので、それだけでも辛いのに、そこを責められ怒鳴られるのは、胃に穴のあく思いです。
しかし、やりようはありました。
結局、相対評価の中で詰められる相手が決まりますので、相場の良し悪しで収益が変わる証券会社においても、戦う土俵はみんな同じですから、詰められることが嫌だったら、せめて平均点、もう一歩進んで上位の成績を取っておけばいいのです。
相場の見通しが悪い時に、顧客に何かを買わせる提案は辛かったですが、自分に対して言い訳はあります。
「生活のため」に、やらなければならない時は、やるしかありません。
しかしながら一方で、やらない理由も同時に成立しているところが頭を悩ませます。
「顧客のため」には、自分が詰められればいいだけ。
確かに覚悟を決めて、顧客を守ろうとする場合もありました。
この狭間で悩みが尽きなかったのですが、やらない理由もできない理由も、やらなければならない理由も、やる必要性も、全てがいつも複雑に絡み合っていたのが証券営業の世界であり、そこに折り合いをどうつけて、言い訳にしないかが求められました。
よく、証券マンは個人商店の集まりだと言われます。
個別の数字が積み上がって部店の数字が積み上がり、最終的に会社の数字ができるということで、それはどこでも同じかもしれませんが、誰がどの数字を片付けても良いというような感覚はありません。
競い合うようなところもあるので、そこら辺は少し独特なのかもしれませんね。
経験から考えが変わった
人に取って、自分がやられて嫌なことは人にしないのは基本中の基本です。
これができていれば、人間関係で失敗はないだろうと私は考えています。
従って、怒鳴られたことがしんどかった私は、部下が出来た時にまさか自分が同じことをするとは夢にも思いませんでした。
それなのに、なぜ部下を怒鳴ったのかと言えば、多くの部下を一度に持った経験が大きく影響しています。
部下を大量にもった経緯については下の記事で触れています。
私は、その機会に合計で10人くらいの部下を怒鳴ったことがあります。
その内3人に関しては、わざわざ本部まで呼びつけて、役員の前で怒鳴りました。
それ自体は命令だったので、逆らえなかったことですが、私自身もその必要性があると判断して行いました。
判断の根拠となったのは意識の差です。
ちゃんと仕事をしている人は、考えていることが全く違っていました。
しかもその中で、支店が違うことから、褒められて仕事をしているのかと思いきや、全くの逆だったのです。
私はその意識の差について、全国の若手社員に共有しようと施策を打ちましたし、問題があると感じた社員には個別の電話をして話し合いも繰り返しました。
やっぱり、怒鳴って動かすことより、ちゃんと話して納得してもらって修正をする方が大切ですし、その人のためにもなります。
しかし、結果はその差が広がる一方でした。
完全なる私の力不足。
そう感じていました。
でも、それからしばらくして考えは少しづつ変わります。
証券会社の厳しい現実
以前こんな記事を書きました。
証券会社に限りませんが、営業職は完全に成績が表に数字となって出てくるので言い逃れはできませんし、何より上が見逃しません。
しかも、経験によって大器晩成が無いことも知っていて、向かない人はなるべく早めに仕事を移るべきだと考える風潮があります。
確かに同期でも上手く立ち回っている人は、辞めていったことがプラスに働いていました。
元々学歴の高い人の集まりなので、給与が上がった人も少なくありませんでした。
先輩の見方が、若手の8割は早めにいなくなるとの見方ですから、守ってやることが決してプラスにならないのではないかと思い始めます。
要は、上からの圧直が容赦ないんですね。
出来ない奴は辞めろよって空気は確かにありました。
出来ない人が残したノルマは、他の人が埋めますので。
それでも当初は夢を見ていた私です。
意識の差を実感しない限り、甘々な考えをしばらくしていたと思います。
多くの部下と同時に付き合って、こんなにも意識の差があって、責任に対する考え方の格差があって、デキる人ほど頑張っている現状を前にした時、指導役をしていた私が変わるしかありませんでした。
優しさは、どこに向けられるべきかを考えたのです。
悲痛な叫び
もし、若手がOJT以外で指導する人ができたら、どんな行動を取ると思いますか? プライドの高いデキる人はその指導役を相手にしない、追い込まれてきているデキない人は媚びを売るんです。
それでもデキる人にもそれなりの指導をしなければなりません。
私の当時与えられた仕事は、底上げよりも総量アップ、即ち若手全体のボリュームアップでしたから、デキる人にも伸びてもらう必要がありました。
デキると言っても若手ですから教えることはたくさんあります。
最初は、ナメていた後輩たちも指導の精度を確認することで信頼してくれ、グチもこぼすようになっていきました。
その言葉たちには特徴がありました。
「他の同期は何やっているんですか!(私から)同じ話を聞いているのに成績が伸びないのが許せない。結局頑張ってないってことですよね。なのに何で自分がここまで詰められながら仕事しないといけなんですか。」
共通した意見でした。
俺よりもデキてない奴が俺よりも頑張っていない。
自分はこんなに苦労してやっているのに。
意識の差はできる人ほど感じていたことでした。
私は、伸びる人の足を引っ張ることが、色々な側面から為されていたことを知りました。
変わってほしいと願う
私は部下を怒鳴りましたが、キレたことは一度もありません。
狂っているように見せることはしましたが、内心はとても冷静でした。
どんな言葉なら届くのか、それが恐怖である必要はありませんし、間違っているのでしょうが、彼らは業界の特徴上、もう避けられないところまで来ていました。
私がやらないなら、誰かがやるだけ。
それなら、他の若手のことを考えても、やるしかないという状況だと判断します。
それがフェアな指導でしたし、本当にキレて怒鳴る上司に当たるよりは、私が担ってあげたいと言う愛情もありました。
恐らくこの考えには批判があると思います。
文章力の無さが描写を分かり辛くしていますし、私が置かれた状況はなかなか説明しきれません。
表面上は、パワハラをしているようにしか思えませんよね。
しかも、それは一定のところで事実なのでしょうからタチが悪い。
当時からその自覚がありましたが、変わる人も現れいぇくらたことが少し私を救いました。
めちゃくちゃに日々の取り組みについてダメ出しをした人の中には、一定の割合で成績を大きく変える人がでてきました。
最低限かもしれませんが、きっかけを与えることはできたのかなとは思っています。
辞職を願い出る人も
デキない人は、支店でも詰められますし、本人も自分の中で苦しんでいます。
色々話していると、辞めようと思っていることを吐露する人も出てきます。
中には、「それ以上言うなら辞めちゃうけどいいですか」的な態度の人もでてきたりしました。
でも、ブレませんでしたね。
辞めるなら辞めた方が良いとも思っていました。
その時の上司からも頻繁に「辞めたい奴は辞めさせろ」と言われていました。
相場はその時リーマンショックに向かって下がっていた時でしたから業界には異常な空気が流れていたことも大きかったと思います。
辞めたいと言われた時にかける言葉はいつも一つでした。
「向かないなら辞めた方がいい。
この業界はそんな人がたくさんいるから。
でも、ここで頑張れないなら他に行っても頑張れるはずがないよ。
がむしゃらにやってから、それでも成績が出せない時に納得して他に行く方がいいんじゃないか。」
仕事に関しては肉食系の私なので、デキる人はどこへ行ってもデキるし、デキない人はどこへ行ってもダメだと思っていました。
それは上司からの受け売りでしたが、信念になっていました。
証券会社に入ってくる若手は、基本的に野心にも似たやる気を持っています。
それがデキないという事実を前に現実逃避してしまい、悪循環となって仕事をする上でマイナス要素を積み上げます。
それは、どこかで誰かが引っ張り上げないといけないところがあって、そうでなくてもいいんでしょうが、業界にはそれを優しい指導で待つ文化がありませんでした。
相場が良ければまた違ったのでしょう。
時の運が作用する業界とも言えます。
まとめ
私が部下を怒鳴った理由が正しかったとは思っていませんが、避けることができなかったことだと捉えると、前向きに意味があったことだと思いたいです。
その部下たちの何割かでも引きあげることができたなら良かったなと。
正し、方法は他にもあったのだろうと今では思います。
誰かの人生を私が決める権利はなかったし、色々な人がいます。
怒鳴らずにどうしたら良かったのかという問いに答えは出せないでいますが、戦う集団はどこかに篩い落としがあって、それを迎える前に心の底から変わろうと思うことは大切なことでした。
証券業の人達がこのブログを見ているようなので、エールを送りたいと思います。
感情のままに詰めている人ばかりではありません。
文句は言いたいですし、実際に私も友人には漏らしていました。
しかし、歯を食いしばってやらないといけない時もある。
そのタイミングだけは逃してはいけないだろうと思っています。
それと同時に、証券会社が向かないなら、早めの選択が重要です。
最初についた差は、その後に埋めるのがすごく難しい業界ですから、もし差を埋めるだけの努力が出来ていないとしたら、恐らくそう遠くない未来に追い込まれることになるでしょう。
そうなる前に「転職」という行動が求められると思います。
まだ、方向を変えれば頑張れるのなら、その力が残っている内に行動すべきかもしれません。
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